6. エイジングと性
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ヒトの正常な細胞でもエイジングと寿命があることが細胞培養で明らかにされた
ゾウリムシは細胞分裂でふえるから、性は生殖とは直接関係がない
でもエイジングや細胞の寿命とは切り離せない関係がある
ゾウリムシには寿命があるか
ゾウリムシは年をとると接合して若返る
これはゾウリムシの性、すなわち接合型がまだ見つからなかった古い時代から言われてきた言葉 1947年に持っていた約40株はほとんど絶えてしまって、今でも残っているのは一株だけ
ゾウリムシの株の保存は普通摂氏10度の系統保存室で行っている
たいていの株は10度では接合ができないが、40年近く残っていた一株は、10度でも自系接合を行う株だった だから、ゾウリムシは接合しないと年をとって死ぬ、というのは確かにその通りだと思う
しかし、この結論が批判に耐える厳密な実験で、ソネボーンによって証明されたのは1953年になってから
前世紀の後半から今世紀のはじめにかけて、ゾウリムシは、培養条件さえよければ無限に分裂して増え続けることができるのか、それとも多細胞生物のように一定の寿命をもっていて、いずれは死ぬのか、という問題が研究者の間で大論争になった時代がある 組織培養で有名なアレキシ・カレルが、ニワトリ胚の細胞の長期培養にはじめて成功して大きな話題になった頃で、明らかにこの研究が刺激になったようだ 当時ヨーロッパとアメリカの有名な動物学者10人以上がこの論争に加わっているが、この頃は培養方法が現在から見るとかなりずさんだったので、論争はなかなか決着がつかなかった
フランスのE・モーパは後半な実験をもとにゾウリムシには寿命があると主張 ところが、創成期に出てくる969歳まで生きたという伝説の人メトセラの名前をとって「ゾウリムシのメトセラ」と呼ばれていたウッドラッフの株は、接合はやっていなかったがオートガミー(自家生殖)という一種の単為生殖をこっそり定期的にやっていた オートガミーは、ゾウリムシの仲間ではヒメゾウリムシのグループにだけ見られる一種の有性生殖で、接合と同じように細胞を若返らせる効果をもっている
細胞のクローンに寿命があるかないかを調べるのはそう簡単な仕事ではない
1000回分裂をしても死なないからといって寿命がないとはいえない
500回分裂して新だからといって寿命は500回分裂だとも言えない
病原菌の混入であるかもしれないし、あるいは気づかない実験操作のミスかもしれない
途中で接合やオートガミーのような有性生殖が一回も介在していないという証拠が必要になる
クローンには寿命がある
厳密な実験条件の下に、ゾウリムシの仲間にクローンとしての寿命があることをはじめて証明したのは、ヒメゾウリムシの3つのシンジェンを使ったソネボーンの研究(1954)だろう 毎日1個の新しい細胞を新しい培養液に分離してクローンをつないでいく方法
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この方法だと、一日に何回分裂したかを正確に記録できるし、培養液の状態は長期間にわたって一定にできる
毎日植え継いだ残りの細胞を使って核を染色し、オートがミーが起こっていないかどうかチェックする
高等生物の個体の一生の出発点が卵の受精であるのと同じ意味で、ゾウリムシのクローンの一生の出発点にオートガミーを選んだ そして、一つの実験に約6ヶ月かかる実験を繰り返し、ヒメゾウリムシの寿命は、シンジェン1では約350回分裂、シンジェン2では約300回分裂、シンジェン4では約180回分裂という結果を出した ヒメゾウリムシと違ってゾウリムシの寿命はもっと長い
高木由臣はソネボーンがヒメゾウリムシに使った方法とだいたい同じ方法で、ゾウリムシの寿命は約650回分裂という結果 クローンの寿命の長さは物理的時間はなく、細胞分裂の回数という生物学的時間で決まっているから
もし寿命の長さを物理的時間で測ると、培養の温度や、培養液の濃度で寿命の長さはいくらでも変わってくる
低温で培養すると一回の分裂に時間が長くかかるから、物理的時間で測った寿命は長くなる
ゾウリムシの株を10度という低温で保存するのはこのため
1947年に採集した株は約20年後にほとんど全部絶えた高木由臣
650回分裂としてたんずん計算すると、ゾウリムシはおおよそ11日に1回しか分裂しなかったことになる
もし一切細胞分裂をさせずに保存できれば、株を絶やさずにほとんど永久に保存できるはず
ゾウリムシの仲間では、まだ凍結保存はうまくいっていない
分裂回数という生物学的時間
ゾウリムシでは、性的な未熟期の長さも分裂回数で決まっている
ヒメゾウリムシではオートガミーが起こった後、次のオートガミーが起こるまでの期間も分裂回数で決まっている
接合やオートガミーのときに、細胞の重要な機能に必要なある物質が作られて、これがその後細胞分裂ごとに分配されて、細胞あたりのその量が分裂ごとに薄まっていき、ゼロになったときにある現象が起こると考えると、分裂の回数で起こる現象を説明できる
この考えを成立させるためには、60回分裂の未熟期の場合には$ 2^{60}個、650回分裂の寿命の場合には$ 2^{650}個もの分子がはじめの1個の細胞に入っていなければならないことになる
これは水分子でもとても細胞に入りきれる数ではない
繊毛虫のクローンの老化と寿命の問題については、古くから大核の分裂の仕方に原因を求めようとする考え方がある 細胞が分裂してふえていくとき、その機能のほとんどを担っているのは大核
ところが、大核は分裂する時、いわゆる直接分裂と呼ばれる方法で、二つにちぎれておおよそ半分に分けられるだけで、普通の核の有糸分裂のように、きっちり染色体を均等分配する分配様式をとらない だから、分裂ごとに染色体組成、ひいては遺伝子組成のアンバランスが生じ、これが蓄積してゆくのが老化や寿命の原因だと考える考え方
ところが、その後の研究でこの考え方が必ずしも正しくないことを示唆する事実が明らかになった
大核のDNA量を測定してみると、分裂のときに生じたDNA量のアンバランスは、分裂のたびごとに調整されていることがわかった 今、分裂によってできた二つの細胞の大核の間にDNA量に差ができたとしよう
そうすると、DNA量の少ない大核をもった細胞は、不足分のDNAが合成されるまで次の分裂をやらずに待っている
一方、普通より多いDNA量の大核をもった細胞は、DNA合成をあまりたくさんやらずに次の分裂に入ってしまう
細胞は何らかの方法で大核の正しいDNA量を知っていて、不測なときは追加し、余分なときは合成を控えている
もちろんこれは大核のDNA量全体についての話で、遺伝子のコピー数まで調製しているのかどうかはわからない
ヒメゾウリムシの大核を半分あるいは4分の3吸い取って除いてやる実験
大核をとってDNA量を少なくすると、細胞はDNA量が正常に戻るまで分裂しないでDNA合成だけをやる
ところが、細胞分裂の回数で決まっているオートガミーと次のオートガミーの間隔が、細胞分裂せずにやったDNA合成複製の回数だけ短くなった
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これは、オートガミーの間隔が、細胞分裂ではなくDNA合成複製の回数で決まっていることを物語っている
DNA複製とエラーの蓄積
細胞のクローンの寿命がDNA複製の回数で決まっていることが正しいとすると、DNA複製のときに起こるエラーが蓄積することが、クローンの老化や寿命の原因ではないかという考え方が浮かび上がってくる
細胞の老化と寿命による死の原因についてはたくさんの説があるが、DNAに起こる傷害の蓄積が原因であるとする考え方は有力な説の一つになっている
ヒメゾウリムシでは、細胞分裂を続けてゆくと大核のDNAの傷害を修復する働きが低下してゆくことや、RNA合成の鋳型としての大核のDNAの働きが低下することが、スミス・ソネボーンによって明らかにされている このほかにも、DNAが複製を繰り返すことによって蓄積されてゆくDNAの傷害の増加が、クローンの老化や寿命の原因らしいことを支持する証拠は多い
ところが、この考えに立つと一つの大きな疑問にぶつかる
大核だけでなしに小核も、細胞分裂のたびごとにDNAを複製している とすると、小核のDNAも複製を繰り返すことによって傷害を蓄積してゆくはず
しかも、大核の方はクローン一台限りで、次の接合やオートガミーが起こると崩壊して捨てられてしまうが、小核の方は、世代を超えてその種が存続する限り、DNA複製を繰り返し続けていく
だからヒメゾウリムシやゾウリムシは、この種がこの世に現れたときから延々と小核のDNA複製を続けてきたわけで、もし大核と同じように傷害を蓄積してきたとすると、とっくの昔に小核は傷だらけになっているはず
もしそうだとすると、接合やオートガミーのとき子孫の大核は親の小核から作られるから、子孫が若返ることなどとても考えられなくなる
ところが実際には若返る
とすると、小核は大核と違って、複製を繰り返してもDNAに傷害が蓄積しないのではないだろうか
これを実験的に証明できないかと考えたのが、私の研究室の狩野節子 ゾウリムシのクローンの老化と死の経過
接合を終わったゾウリムシをふやしてゆくと、400回分裂ぐらいまでは何も変化が見られない
1日3回平均で分裂をつづけ、接合させると子孫の生存率は高い
ところが、このあと、一日の分裂回数がだんだん低下してゆき、子孫の生存率も減少してゆく
500回分裂ぐらいになると、1日2回ぐらいしか分裂しなくなり、細胞の形の異常なものが現れはじめる
そして、600~700回分裂近くになると、細胞分裂はほとんどできなくなり、性的な細胞凝集も弱くなり、そして接合させると子孫はすべて死んでしまう
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このあとまもなくクローンは死滅する
生殖核は老化するか
小核が老化するかしないかを知りたい→クローンの老化と死の経過の中で重要なのは、接合の子孫の死亡
親が立派に生きて増えているのに接合させると子が死ぬ、というのは、親の生殖核である小核が接合のとき小核が正常に機能せず、小核自身が傷害を蓄積して老化しているからなのか、それとも小核自身は老化していないが、小核が働く環境(大核に支配される細胞内環境)が老化して異常になっているためなのか もし後者なら、小核が働く環境を、若い老化していないものに代えてやったら、子孫は正常に生きられるはずであり、環境ではなく小核自身がだめになっているのだったら、若い環境に移してもだめなはず
そこで約600回分裂して接合(自系接合)させると子孫の生存率はほとんどゼロだった細胞から小核を抜き取り、あらかじめ小核を抜き取り、あらかじめ小核を抜き取っておいた40回分裂ぐらいの若い細胞に移植し、少し増やして接合をさせてみた
これは高い子孫の生存率を示した
600回分裂を繰り返した小核は若い環境に移してやると全く正常に機能したのである
この結果は、ゾウリムシの小核は、分裂を繰り返しても傷害を蓄積してはいないことを物語っている
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これをDNAの問題に移し替えると、小核のDNAは複製を繰り返してもエラーを蓄積しない
もしこれが正しいとすると、何によってこのような保障がなされているのだろうか
エラーが起こらない特別な仕組みがあるのか、エラーを完全に修復する機構をもっているのだろうか
同じ細胞の中にあって大核と一緒に分裂を続ける小核が、なぜこんなに大核と違うのだろうか
この違いの原因についてはまだ何もわかっていない
性は老化の救い主か
「ゾウリムシは年をとると接合して若返る」は正しくない
「ゾウリムシは接合しないと年をとって死ぬ」だったら正しい
なぜなら「年をとると接合して若返る」どころか反対に接合すると死んでしまうから
「ゾウリムシはあまり年をとらないうちに接合させると老化と死を免れる」ということになる
姓は老化が起こる前なら救い主になるが、老化が起こってしまえば役に立たないという答えになる この結論は人間にもあてはまりそうだ
人間でも高齢の親の出産は死産が多いという統計がでている
ゾウリムシのクローンと老化に関係して、一つ面白い実験がある
狩野がゾウリムシのクローンを老化させるために、延々と600回も分裂を繰り返させていた頃、ちょうど芳賀がイマチュリンの分離精製に成功した
イマチュリンは性的に成熟した細胞を性的に未熟な状態に戻す作用があるのだから、一種の若返り物質(幼若化物質という言い方が適当かもしれない)とも言える これを老化した細胞に注射したらどうなるか
残念ながら注射によって分裂能力も接合の子孫の生存率も全く回復しなかったが、一つだけ活性が上がったものがある
それは性的な凝集能力
一般的な細胞の老化には若返り効果はなかったが、性的な老化には若返り効果があったので、われわれはこの効果を「回春効果」と呼ぶことにした 性的な活性の一番高い成熟期の細胞に注射するとこれを抑制し、活性の低い老衰期の細胞に注射するとこれを活性化する、というのは一体どういうことなのだろう
要するに両方の場合ともに、凝集活性に関しては、クローンのエイジングという時計の針をイマチュリンがもとに戻していることになるのだが、この機構はまだ全くわからない
動物だけが老化する
多細胞動物は、受精を出発点として細胞分裂を繰り返して成長し、性的に未熟な子供の時期を経て性的に成熟した大人になり、老年期に入り、寿命が尽きて死ぬ
この経過はゾウリムシのクローンも同じ
もっと重要な共通点
次の世代を作るものを生殖系、その世代の機能を担うものを栄養系と名付けると、この二つは多細胞動物では生殖細胞と体細胞、ゾウリムシでは小核と大核 動物では発生の初期にこの二つが分かれて、その後は変化しない
さらに、新しい世代が作られる時、生殖細胞から体細胞は作られるがこの逆は起こらないのと同じように、小核から大核はつくられるがこの逆はない
栄養作用を営む葉の細胞でも根の細胞でも、条件さえ与えてやれば立派に花を咲かせ実を結ぶことができる
そして、挿木や株分けで無限に増やしていける植物には、動物やゾウリムシに見られる内因性のエイジングと寿命は、一般には存在しない
植物が年をとる場合、原因はほとんど環境などによる外因性のもの
われわれの祖先は鞭毛虫か繊毛虫か
人間を含めて多細胞動物の起源となる単細胞生物は繊毛虫であるとするハッジ説に私は与したくなる 一般にはこちらがポピュラー
しかし、私にとってはヘッケル説はどうにも気に入らない
動物の一番動物らしい点は、生殖系と栄養系がはっきり分離していて、しかも、内因性のエイジングと寿命を持っていることだと考える
鞭毛虫には、小核と大核のような生殖系の核と栄養系の核の分化も見られないし、またクローンに環境によらない内因性のエイジングや寿命があるという話も聞いたことがない
動物というのは、あまり働かせずに子孫のために遺伝情報をこわさずに温存しておくためのDNAと、傷だらけになって捨ててしまってもいいからせっせと働かせるDNAとを分けておく方法を生み出した生物
その結果、遺伝情報の保存という制約から開放された栄養系のDNAが、高度な機能を果たすことのできる自由度を獲得した、と考えられないだろうか